わたしのあたまのなか

わたしのあたまのなかの言葉を書きたい時に書く場所。好きな映画や海外ドラマの感想や、覚えておきたい出来事など。食べることが好きなのでおいしいものについてもよく書きます。

息子の卒業に思うこと

息子、小学校を卒業する

ついに息子が小学校を卒業した。

 

終わってしまえば、あっという間の6年間だった。

幼稚園の卒園式は感極まり目がパンパンに腫れるほど泣いたというのに、小学校の卒業式では全く涙が出なかった。

あっという間、と書いたが、いろんなことがありすぎて、思い出とか寂しさよりも、感慨深く、やっと終わるんだな、という思いの方が大きかった。

涙で始まった小学校生活

息子は入学した当初、登校班で学校に行くことができなかった。

と言うのも、今まで幼稚園にはわたしと登園していたのが、小学校ではわたしと離れて子どもだけで登校することへの不安と、同じ登校班の保護者の中に、それはそれは意地悪なおばあさんがいたため、息子は萎縮してしまったのだった。

 

散々悩む日々は続いた。

同じ幼稚園に通っていた子どもたちが、息子と違って泣かずに登校班で学校まで歩く姿が眩しかった。

同じ登校班でも、そのおばあさんに動じない他の子どもたちに憧れた。

あやうく不登校にも繋がる気配はあったが「じゃあ、私が毎朝学校まで送ろう」と、登校班から外れて開き直れるようになってからは気持ちが軽くなった。

今思えば、登校班から外れることはわたしたちが住む地域では異常事態だけれど、そうすることで意地悪なおばあさんからのきつい言動を息子が受けずに済む、と思っての行動だった。

当時の担任の先生も「学校に来てくれるなら、どんな形の登校でも大丈夫」と言ってくれたのもありがたかった。

(ちなみにその意地悪なおばあさんは、今もまだ健在だが、息子も大きく強くなったので、相変わらずのきつい言動を完全無視するようにまでになった。そのおばあさんは毎朝登校班についてきては、代々の班長や子どもたちに「ゆっくり歩け」「早く行け」などとネチネチ言っていたが、息子が班長になった時には登校班についてくることはなかった。多分息子から漏れ出る嫌悪感を感じ取ったのだと思う)

(ここだけの話、そういう人って無駄に長く生きるよね。。。)

 

もちろん、わたしと一緒ならすんなり登校したわけではない。

いやや、行きたくない、と泣いたり暴れたりする息子に朝から必死に言い聞かせて支度をする。

学校に行きたくない原因があるなら別の話だったが、そうではなかったので、とにかく連れて行くしかなかった。

まだ未就園児だった下の息子を連れて、寒い日も暑い日も雨の日も、時に体調不良だったり、時にまだ寝ていた下の息子を抱きながらだったりして、朝から学校まで毎朝歩くのは大変だったが、息子が学校に行くことができるならそれでよかったし、それをするしか選択肢がなかった。

と言っても、靴箱のところででわたしと別れるのをまた嫌がり、毎朝先生方に両腕を掴まれて、教室まで連れて行かれていた。それはまるで捕えられた宇宙人のようだったが、行ってしまえばニコニコと機嫌よく帰ってきたので、息子にとっては朝の時間だけがどうしようもなくつらかったのだ。

 

わたしが息子を毎朝学校まで送って行く日々は、約1年続いた。

これは、2年生になっても続くのだろうな…

と、覚悟をしていたので、1年生の終わりごろ、突然「登校班で行ってみる」と息子から言われた時には拍子抜けした。

いつのまにか息子の中で変わっていた「何か」がとても頼もしかったし、とても誇らしかった。こちらはしばらくは今のまま変わらないだろうと思い込んでいたけれど、息子は自分で乗り越える選択をした。それが何より嬉しかった。

振り返ると

1年生では、とにかく泣いて泣いて大変な毎日だった。

2年生では、優しい先生で、息子は楽しく通えることができた。

3年生では、息子の中学受験のきっかけにもなったCくんとの問題でとことん頭を悩まされた。

4年生では、優しい先生だった。今も先生からの一言メッセージのカードを大切に持っているので、慕っていたのだろうと思う。

5年生では、指導力も包容力もあるいい先生に恵まれ、息子は毎日楽しく学校に行き、たくさん学び遊んで成長することができた。今までがんばってきたご褒美のようないい1年間だった。

6年生では、中学受験を良しと思っていない教師だったため、ありとあらゆる嫌味を息子もわたしも言われた。(もちろん右から左に聞き流した)

上に書いたこと以外にも、小学校生活では先生とも友達とも、本当にいろんなことが山ほどあった。

みんなそうだと思うが、とにかくいつも何かしらの悩み事があった。

そのためなのか、やっと卒業したと思うとホッとする。

感動とか寂しさよりも、本当にホッとする気持ちの方が大きいし、中学校、高校でもまた種類の違ったいろんなことがあるだろうなあと思うと、卒業の感動より、これからの新生活への不安の方が大きいということもある。

ただ、ひとつだけ

卒業してホッとするが、ただひとつだけ。

わたしが小学校へボランティアで行くたびに、毎回短い休み時間を使って会いに来てくれた、わたしのかわいい息子はもう4月から小学校にはいないんだなと思うと、とても寂しい。

ボランティアのわたしたちが控え室として使わせてもらっている教室の窓からニコッと顔を出して、いつも覗きに来てくれた息子。

6年生にもなると、もう子どもが来てくれないと他のお母さん方は言っていたが、わたしの息子だけは毎回会いに来てくれた。

中学校でもボランティアがあれば、できるだけ参加しようと思っているが、わたしの顔を見るためだけに走ってきてニコッと笑ってくれたあのかわいい息子には、もう小学校で会えない。

 

 

そのことだけが、とても寂しい。

 


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食物アレルギーのある息子が、給食のデザートで食べられないものが出る時に、いつも持って行っていたのは、お菓子作りの苦手なわたしが唯一作ることのできる、紅茶のパウンドケーキ。

いつもはシンプルなパウンドケーキだったけど、最後のデザートの時は特別にホワイトチョコクリームをのせて、余ったパウンドケーキで家族でお茶をした。

息子が小学校を卒業したら、中学校からはお弁当だから、これを作る機会がなくなっちゃうな…。

…お弁当に入れちゃおうかな